世界のものづくりを支えてきためっき産業:めっき産業のあゆみ

めっき産業の歴史

1800s~1860s

電気めっきの発明

1800年にイタリアの物理学者・ボルタによってボルタ電池が開発されたことは、それまでアマルガム法や置換めっきによって...

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電気めっきの実用化

ブルグナテリの後、1830年代から40年代にかけて、世界の複数の科学者によって電気めっきの開発が行われ、その技術は...

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日本初の電気めっき

江戸時代に医師で蘭学者の川本幸民が、西洋で開発された電気金・銀めっきの実験を行い、後に薩摩藩の藩主となる島津斉彬...

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1870s~1930s

めっきの工業化

島津斉彬に電気めっきを紹介した川本幸民は、1859年に電気めっき法を記した「遠西奇器述第二輯」を刊行し、そこから知...

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めっき材料商の登場

日本では1910年代からめっき工場の急増に対応してめっき材料商が生まれ、次第にその数も増加していきました。当時の...

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クロムめっきの誕生

クロム酸-硫酸浴のクロムめっきは、1920年にアメリカ人のサージェントによって開発され、従来のニッケルめっきの上にクロム...

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1940s~1970s

無電解ニッケルめっきの発明

1944年に米国国家標準局のブレンナーらは、大砲の砲身内部へのめっきを検討していたところ、偶然自触媒反応による無電...

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プラスチック上のめっきの登場

1962年にアメリカでABS(アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン)樹脂という耐衝撃性のエンジニアリングプラスチックが開...

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電子実装技術の進歩

プリント配線板は、絶縁基板の上にあらかじめ銅配線を形成させて、その上に部品を搭載して相互接続させる方法として考案され...

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1980s~2010s

アジア市場の拡大

日本では1985年のプラザ合意以降、急激な円高ドル安が進行し、製造業において生産拠点の海外シフトが進みました。同じ...

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環境問題への対応

1990年代から世界的に環境汚染問題が取り上げられるようになり、その中で鉛をはじめ、カドミウム、水銀及び六価クロム...

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IT技術の進化

インターネットやモバイル端末の普及とともに、1990年代以降に急速に発達した情報通信技術においても、めっきの技術が大...

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電気めっきの発明

1800年にイタリアの物理学者・ボルタによってボルタ電池が開発されたことは、それまでアマルガム法や置換めっきによって行われていためっきの処理方法に大きな変革をもたらすきっかけとなりました。1805年にボルタの僚友のブルグナテリは、ボルタ電池を使って初めて電気めっき(電解めっき)に成功しましたが、当時ヨーロッパで強い影響力を持っていたフランス皇帝ナポレオンとの対立により、彼の研究成果はフランスの学会で隠匿され、実用化には至りませんでした。

電気めっきの実用化

ブルグナテリの後、1830年代から40年代にかけて、世界の複数の科学者によって電気めっきの開発が行われ、その技術は産業界に広まりました。 イギリスのバーミンガムで金銀玩具の製造業を営んでいたエルキントン商会は、めっき加工の改良を考え、1840年に電気金・銀めっきの特許を申請し、許可されました。ロシアでは、1858年に首都サンクトペテルブルクにおいて、建物内部に世界で初めて大規模な電気金めっきが施された聖イサアク大聖堂が完成しました。

日本初の電気めっき

江戸時代に医師で蘭学者の川本幸民が、西洋で開発された電気金・銀めっきの実験を行い、後に薩摩藩の藩主となる島津斉彬に紹介しました。斉彬は化学への造詣が深く、藩主になった後、鹿児島城内に精錬所を設立し、電気めっきの試験を申し付け、甲冑製作所にその技術を教えるよう命じています。また、斎彬の養女篤姫が徳川家定に輿入れした際、調度品の金具に対して電気めっきを用いるように命じたことも史料に残っています。

めっきの工業化

島津斉彬に電気めっきを紹介した川本幸民は、1859年に電気めっき法を記した「遠西奇器述第二輯」を刊行し、そこから知識を得た東京や大阪の家内工業者がめっき業を始めました。1887年には宮川由多加氏により日本で初めて本格的なめっき工場と言われる宮川電鍍工場が東京に設立され、ニッケルめっきが行われました。めっきの量産が可能になった背景には、19世紀後半に発電機の開発が進み、直流電源として電池に代わり大容量の直流発電機が採用されたことが挙げられます。

めっき材料商の登場

日本では1910年代からめっき工場の急増に対応してめっき材料商が生まれ、次第にその数も増加していきました。当時のめっき加工に用いられた材料の多くは輸入品でしたが、1915年にヨーロッパで第一次世界大戦が勃発したことにより、輸入事情が悪化したため、日本では工業製品の国産化が推し進められ、需要が高まっていためっき資材も国産品の製造が研究されるようになりました。当社も1918年に、当時輸入に頼っていた油脂性研磨剤の国産化に成功しました。

クロムめっきの誕生

クロム酸-硫酸浴のクロムめっきは、1920年にアメリカ人のサージェントによって開発され、従来のニッケルめっきの上にクロムめっきをすることにより、自動車の金属外観に革命をもたらしました。それまでの自動車のバンパー、ラジエーターグリルなどの外装めっき部品は、全てニッケルめっきの後、バフ研磨仕上げを行っていましたが、クロムめっきのないニッケル表面は、雨風によりすぐに酸化変色して光沢を失うため、外観を維持するためには頻繁にバフ研磨をする必要がありました。

無電解ニッケルめっきの発明

1944年に米国国家標準局のブレンナーらは、大砲の砲身内部へのめっきを検討していたところ、偶然自触媒反応による無電解ニッケルめっき現象を発見し、1946年に発表しました。彼らが開発した無電解Ni-Pめっきは、硬さ、耐摩耗性、耐食性、非磁性安定性など特有の優れた性質を持つほか、電気めっきには真似できない膜厚均一性という特徴があるために、その後世界中に普及しました。日本では、1957年に無電解ニッケルめっきプロセスが工業化されました。

プラスチック上のめっきの登場

1962年にアメリカでABS(アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン)樹脂という耐衝撃性のエンジニアリングプラスチックが開発され、間もなくABS樹脂上への銅-ニッケル-クロムめっき技術が確立されました。それまで、エンブレムやラジエータグリルなどの自動車外装用装飾めっき部品は、真鍮もしくは亜鉛ダイカストにめっきしたものが使われていましたが、プラスチック上のめっきが開発されたことにより、材料費の低減や車体の軽量化、デザイン性の向上などを実現しました。

電子実装技術の進歩

プリント配線板は、絶縁基板の上にあらかじめ銅配線を形成させて、その上に部品を搭載して相互接続させる方法として考案され、1950年代に製造が始まったトランジスタラジオに用いられました。その後、両面配線板の表裏回路を基板に開けられた孔に銅めっきすることで接続するスルーホールめっきが開発され、1961年に特許が取得されました。スルーホールめっき技術は、さらなる配線の高密度化に伴い、ビルドアップ多層配線板へと発展し、電子部品の機能向上に貢献しました。

アジア市場の拡大

日本では1985年のプラザ合意以降、急激な円高ドル安が進行し、製造業において生産拠点の海外シフトが進みました。同じ時期、東アジア、東南アジア地域では、各国が輸出志向型の工業化政策に取り組んだことにより、貿易が自由化され、日本企業を含む多国籍企業からの直接投資や技術導入を促しました。めっき産業もエレクトロニクス産業や自動車産業を支えるサポーティングインダストリーとして、アジア諸国のめざましい経済発展を支えました。

環境問題への対応

1990年代から世界的に環境汚染問題が取り上げられるようになり、その中で鉛をはじめ、カドミウム、水銀及び六価クロムなどを有害物質として規制する動きが活発になりました。特にヨーロッパでは事態を深刻に捉え、2000年代にELV規制、REACH規則、WEEE指令、RoHS指令などの環境規制が次々に成立しました。こうした動きを受けて、めっき業界では、各種環境規制に対応した製品・技術の開発と切り替えが急ピッチで進められました。

IT技術の進化

インターネットやモバイル端末の普及とともに、1990年代以降に急速に発達した情報通信技術においても、めっきの技術が大きな役割を果たしました。データを蓄積するためのハードディスクには、無電解ニッケルめっきによる磁性めっき膜の開発が記憶容量の増大に寄与し、半導体においては、1998年に電気銅めっきによって配線を形成する、銅ダマシンめっきプロセスが開発され、LSIなどの集積回路の高性能化に貢献しました。

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