1はじめに将来の化石燃料の枯渇や地球温暖化の保全に備える方策の1つとして水素を二次エネルギーとして活用する試みが国内外で精力的に行われており、日本は水素社会の実現に向けた新たな試みを世界に先駆けて近年広く展開している。水素は、化石燃料、バイオマス、太陽エネルギーなど、様々な原料から抽出することが可能であり、特に太陽エネルギーを利用した水分解による水素生成では、プロセスにおいて二酸化炭素の排出がないため、地球温暖化の抑制のためにも、理想的なエネルギー利用の形態であるとされている1)。今後、このような水素社会の構築を本格化させるためには、水素の生成、運搬、貯蔵といった各問題に対して対策を講じることが重要であり、とくに水素の運搬や貯蔵においては、水素を蓄える貯蔵容器としての構造金属材料の安全性の確保が重要であると考えられている1)。一例として、水素を二次エネルギーとして利用する燃料電池自動車(FCV)では、航続距離をガソリン車並みに高めるため、通常の水素タンク(15MPa)と比べて、より高圧の70MPa級水素貯蔵容器が必要であるとされ、その容器に用いられる構造金属材料の水素脆化に対する安全性の確保も重要な課題となっている2,3)。金属材料の水素脆化は、使用環境から侵入する水素によって生じる機械的特性の低下現象であるため、その評価に際しては、材料表面の水素の侵入や放出といった現象の理解が重要になる。本稿では、材料中あるいは材料表面における水素分析手法を概説するとともに、著者らの研究室で取り組んでいる材料の変形や破壊時に放出される水素の動的検出手法や可視化手法を紹介する。2水素脆化研究と水素分析金属材料の水素脆性に関して、材料中への水素侵入、材料中での水素の固溶や存在状態、材料中における水素の拡散および水素トラップ現象、水素脆性の破壊現象などに焦点を当てた研究が展開されている。水素脆性は、使用環境から表面を介して材料中に侵入する水素が、応力誘起拡散や転位との相互作用によって、応力集中部の近傍に拡散・集積し、その水素量がある量に達すると亀裂が発生し、その亀裂進展の過程で水素を集積しながら伝播し、最終的に脆性破断を生じさせるというプロセスで生じることが説明されている4)。材料中の水素分析の問題として、X線などを使った汎用の分析計測機器では、原理上水素を検出できないことや、材料中に含まれる水素量が極微量(ppmオーダーあるいはそれ以下)であり、材料中の水素を検出するために、その水素量に見合うような水素検出感度が要求されることなどが挙げられる。また、材料中の水素の拡散係数は著しく大きい〔室温における水素拡散係数5):10-9m2/s(α-Fe)、10-11m2/s(Al)〕ため、応力集中部近傍に水素が集積していたとしても、その部位を限定的に抽出して水素の検出を行う前に、水素がその部位から別の部位に拡散してしまうことも予想される。このような状況から、通常の水素分析では、特に材料の応力集中部における水素集積を捉えることは困難であるとされている。3材料中の平均的な水素量の分析法水素脆化研究に広く用いられる材料中の平均的な水素を分析する代表的な方法として、次の3.1項と3.2項に示す昇温水素脱離法と電気化学的水素透過法がある。ちなみに、これらの手法は必ずしも材料中の平均水素量の定量のみに用いられるばかりではなく、材料中の格子欠陥や不純物に起因する水素捕捉(トラップ)サイトの推定に利用されることも多く、その利用目的は多岐にわたっている。3.1昇温水素脱離法6)試験片を加熱して水素を放出させ、その水素を検出する手法。超高真空中で質量分析計を利用する場合をTDS(ThermalDesorptionSpectroscopy)、大気圧環境中においてアルゴンなどの不活性ガスをキャリアガ構造金属材料の表面から放出される水素の検出法大阪大学大学院基礎工学研究科堀川敬太郎UYEMURATECHNICALREPORTSNo.79.20203
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